性について発信していたり子宮へのアプローチをしている中で、いろんな女性とお話をしますが、性に対して抵抗があるとか男性に恐怖を感じているとか、そういうお話を聞くことがあります。
きっと過去にそう感じざるを得なかった体験があって今も解消されずにいるということだと思うし、その過去の体験に対しては苦しかっただろうなと思います。
私自身も、恋愛やパートナーシップで傷ついたことは山ほどあるし性の体験で嫌な思いをしたことももちろんあります。それでも、そのことが今性への抵抗になっていたり、男性への恐怖にはなっていない。
その体験を反転させて、自分を構成する一部分にしてきたからだし、傷ついた体験の分だけもっと輝けること、美しくなれることを知っているから。傷つきたかったのも私の選択だし、嫌な思いの反対側に自分の望みがあると思え続けてきました。
(もちろん、渦中にいるときは死ぬほど苦しかったりするけど)
性はセンシティブな部分と言われるけれどもそれは社会的な概念で、本来、性はパワフルで情熱的で偉大で根源的なエネルギー。性=生命そのもの。
性に抵抗がある、性にブロックがあるのではなく、それは過去の記憶から頭で抵抗しているということであって、性は生命だから、生きているかぎり誰も性にブロックをかけることはできない^ ^
頭では苦手と思っていても、ちゃんと身体は性の中で生きています^ ^
生命の根源に愛があって、みんな愛のために生きている。みんな言葉では「愛されたい」と言うけれど、無意識では「愛したい」と思って生きている。
そして、愛することとは、受け入れること。相手を受容する、自分を受容する。男性よりも女性の方が、愛することも受け入れることもたやすくできる。なぜなら、大きな器、子宮があるから。
性への抵抗のきっかけになっている過去の体験、男性に恐怖を感じるきっかけになった過去の体験、それをまるごと飲み込み包み込んで、受け入れることが女性にはできます。
そして、きっとそのとき、より深く傷ついていたのは男性の方。
傷ついているから、攻撃してしまうし、
傷ついているから、力でねじ伏せようとする。
表側にあった攻撃性と、裏側にある繊細さ、どちらもまるごと女性は受け入れられる。
そのために子宮を育て、活性化させていきましょう。
そのためにいつもオーガズムを、自分の中から湧き出る愛を、感じられる身体になっていきましょう。
生きることは愛すること。
愛のために生きて、愛のために死ぬ。
だから生きているかぎり、愛をあきらめてはいけない。