ひとやすみ

あの世について考える|「死」「あの世」を肌で感じた2019〜2020年・これからのこと

こんにちは。やっとこの記事を公開する気持ちになりました。

ここ5年くらいを振り返ると、その年ごとに自分の中でクリアしてきた大きなテーマがあることを感じます。

  • 2015年 手放し
  • 2016年 脱皮
  • 2017年 脱出
  • 2018年 飛躍
  • 2019年 産み出し
ゆうころ
ゆうころ
言葉だけ見ると、私、虫みたいだねw

文字通り、手放しては生まれ変わってということを現実に体験してきた5年間だったように思います。私のこの経験は、夫との関係で経験することが多かったのですが、この5年を経て夫婦間のことについてはほぼ学び終わったように思います。

こうして自分の問題を解決させることができたので、これからは自分がどう広がっていくかを考えるステップに入りました。

そこでふと浮かんできたことが、あの世のこと。

よく考えたら、子どもの頃からあの世の存在は私にとっては身近なものでした。さらに2019年が「死」が身近な一年だったこともあり、今回の記事を書きたくなりました。(あの世、という見えない世界のお話をするので、嫌いな方はご遠慮くださいね)

2019は死が身近な年だった

私にとって、2019年は「死」が身近な一年でした。まず、義姉が死産をしたこと。私も妊娠中だったこともあり、お互いに誕生を心待ちにしていただけにとてもショックな出来事でした。

そして、最愛の祖母が亡くなったこと。それもとても急な出来事でした。

さらに、隣に住む奥さんが癌を患い亡くなってしまったこと。

すぐそばにいると思っている人たちが「死」という出来事を境にしてもう二度と会えなくなってしまって、その姿や、その人がいるという安心感、その人がいるという空気、そういうものが一瞬でなくなってしまうということを痛感させられました。

それがなんとも不可思議で、実感のわかない出来事であると感じられたのです。

大好きな祖母の死

hasu特に、大好きな祖母の死はとてもショックな出来事でした。これまでに何度か人の死を経験しましたが、祖母の死はこれまでと比べられないくらい辛い出来事でした。考えれば考えるほど、祖母との思い出がたくさんよみがえってきました。今まで忘れていたことも不思議と次々と思い出されました。

  • もっと電話すればよかった
  • もっとあのとき優しくしてあげればよかった
  • もっと寄り添って話を聞いてあげればよかった

そういう後悔がたくさん自分の中に生まれてきました。しかし、そうした私の後悔の気持ちは、四十九日の法要の前後でガラリと変わることになります。

死後に身近に感じた祖母の存在

この祖母の死について、書き留めておきたいことがいくつかあります。どれも不思議な出来事で、死後の祖母の存在を身近に感じずにはいられないことばかりです。

私の父を戒めるような出来事

祖母の死後3日くらいのことです。

アルコールの問題を抱えている私の父が、酔って転倒し顔に大怪我をしてしまいました。(亡くなったのは母方の祖母なので、父にとっては義母に当たります)その父を弟と母で介抱している際、突然廊下の天井の照明カバーが2つ同時に「ゴトン」と落ちてきたそうです。父・母・弟には当たらず、怪我はありませんでした。

25年近く住んでいる実家で、その照明カバーが落ちてきたのは初めてのこと。しかも、スクリューのように回してはめ込む照明カバーでそれが二つ同時に落ちることは、物理的にも考えられないことです。

「あれは絶対に祖母が父を戒めるためにやったんだ」と母や弟と冗談半分で話しましたが、本当にそうとしか考えられない出来事でした。

祖母の部屋に着くなり笑顔になった新生児の我が子

祖母が亡くなる1ヶ月前、私は第二子を出産しました。新生児期は反射的に笑っているような表情をすることはあるものの、いわゆる「笑顔」はまだ見られない時期です。多くは2ヶ月や3ヶ月くらいから見られるようになると言われています。

しかし、誕生からちょうど1ヶ月を迎え祖母の葬儀のために実家に駆けつけた日、祖母の過ごしていた部屋に着くなりその新生児の我が子がこぼれんばかりのキラキラとした笑みを浮かべたのです。それは私だけが目にし、しかも数秒で終わってしまいましたが、それ以後しばらくそのときのような表情は見られませんでした。

赤ちゃんは周波数が高いため、いろいろなものが見えているとスピリチュアル的には言われています。その通り、新生児だった我が子にも祖母の姿や笑顔が見えていたのだろうなと思います。

怖いほどにピースが揃った祖母の葬儀

さらに驚くべきは祖母の葬儀です。まるでパズルのピースが全てピタリと揃うかのように、様々なことが進みました。

まず私。新幹線で移動しなければならないほど離れたところに住んでいるため、0ヶ月の新生児を抱えて移動するのは大変なことでした。しかし、ちょうど息子も私も一か月健診を終えており駆けつけることができました。そのタイミングを見計らったように、祖母は亡くなったのかと思います。

そして従妹。従妹は祖母の家の近くに住んでおり、他の従兄弟の中でも祖母にとっては一番身近な孫にあたる存在です。しかし祖母の急逝のとき、新婚の旦那さんと海外旅行に行ってしまっていました。祖母の葬儀にも最後にお顔を拝むことは難しいと思われましたが、さまざまな采配で急遽帰国し、最後に顔を見てお別れすることができました。

私の田舎の地域では、葬儀の第一手順は火葬です。生前祖母は関東の親戚の葬儀に参列した際、お花に包まれて旅立ちたいと語っていたそうで、それを突如思い出した母がお寺にお願いして火葬を最後に回してもらいました。お盆の直前だったこともあり、お寺にとってもそれがいちばんいい流れだったそうで、イレギュラーでしたが誰もが納得の流れととなりました。

そして順序が変わったことで従妹は祖母の葬儀に最終日ギリギリ間に合うことができ、火葬を先に済ませていれば間に合わなかった生仏を、拝むことができたのです。

祖母の大好きな家族が全員揃って、希望したお花に囲まれながら、滞りなく葬儀は終えられました。最後に全員をちゃんと集めることで、しっかり互いに協力してこれから仲良く生きていくように、と改めて祖母から戒められたように思います。

三十五日に伯母の枕元にあらわれた祖母

人が亡くなると、7日ごとに法要があります。初七日や四十九日はよく聞きますが、初七日の次は二七日(14日)、その次は三七日(35日)というように四十九日まで続くわけです。

三十五日は、あの世では閻魔さまから判決を受ける、とても大事な日だと言われています。その三十五日の早朝に、亡くなってから初めて伯母の夢に祖母があらわれました。

「母さんは、帰ってくることにした」

と言って、枕元に座っていたそうです。

「そんなこと言ったって、もう火葬も終えちゃったし、帰ってこれないよ」

と言っても聞かなかったそう。

その話を聞いて、母も伯母も私も心配になってしまいました。判決が出るという日に、逃げてきたんじゃなかろうかと。生前の前のめりなところがある祖母を感じられた、おかしな出来事でした。

四十九日で私が体感したこと

そして四十九日の前後に私は不思議な体験をしました。四十九日は、亡くなった人がこの世からあの世に行く日。亡くなっても魂はしばらくこの世にいて、離れていくのは四十九日なのだそうです。祖母がもっと離れたところに行ってしまうような気がして、二度目の別れのようで思い出しては布団の中で泣いていました。

それが、突如、分かったんです。

「亡くなっても、私の想いは全て祖母に届いている」

会えなくて寂しいという気持ち、もっと話したいことがあったという後悔、そうした祖母を思う気持ちの全てが、全部ありのままに祖母に届いているということを、その瞬間に自分の体全てで体感したのです。

とても不思議な体験でした。

理屈でもないし、根拠も証拠も何もありません。とにかく「分かった」という感覚でした。そして、涙が大量にダーーーっと流れてきました。不思議と悲しい涙ではなく、昔に夫の浮気に振り回される自分を手放したときに感じたのと同じ感覚でした。

理由も根拠もないのですが、「大丈夫」の100倍くらいの安心感が感じられる感覚で、「真理だ」と感じました。それ以後私の中で、祖母の死に心を痛めて悲しむことがなくなりました。会えない寂しさのようなものはありますが、悲しくて涙を流すようなことはあの瞬間からなくなりました。

いつでも繋がっているという感覚が、自分の中に定着したからだと思います。

そうしている間にも虫が・・

こうして祖母のことを思い出して書いている今、私のパソコンの上に突如虫が落ちてきました・・・びっくりしすぎて大騒ぎですが・・・これも祖母の仕業かなと思います。

パソコンの上に、自宅にいて虫が落ちてくるなんてことあります?しかも見たこともない虫。それにしても驚くので、虫の姿以外の方法でコンタクトしてほしいなと思います。

一周忌を終えて

先日、祖母の一周忌を迎えました。コロナの影響で私は法要に参加することは諦めましたが、面白いことが起こりました。

一周忌の法要の数日前から、実家に一匹の蝶々が飛んでくるようになっていたそうです。白い蝶は死者を象徴するとよく言いますが、その蝶は黄色や山吹色のような斑点がついた、蛾のようにも見える蝶だったそう。

一周忌の法要の当日、ちょうど全員が集まった場所で法要のために供えられていた仏花に同じような蝶が留まったというのです。数日前から現れていた蝶が、法要当日に全員がいる前で、飛んできて花に留まる・・そこにいた人は皆、きっと祖母だと話していたそうです。祖母も生前、蝶を亡くなった人の象徴として受け止めていたので、皆が分かる姿で出てきてくれたのだろうと思います。

そして驚くのはここから。

そのエピソードは、法要の翌日母からの電話で知りました。「黄色っぽい、山吹色っぽい蝶が飛んできてね・・」と。実はその日、私の自宅マンションの玄関に、同じ色をした蛾が鎮座していたのです。朝玄関に出たときに見つけて、その後夕方までずっと玄関前でじっとしていました。その風貌が、母が言うのと全く同じだったので驚きましたが、一周忌の法要に行けなかった私に会いにきてくれたのかと思うと、とても温かい気持ちになりました。

あの世があるのかどうか、こうして人間界に死者が現れているのは本当なのか、というのはどちらでもいいのです。こうしてこの世にはもういない私の大切な祖母が、私たちにだけ分かる姿で現れてくれて、その存在を心で感じられることが本当に心から嬉しくて幸せに感じるのです。

うちの玄関前に鎮座していた姿を小さく載せておきます・・

 

 

最後に・これから私にできること

こうして、私は祖母の死をきっかけにあの世を身近に感じるようになりました。そもそも考えてみたら、私の母姉妹は幼い頃テレパシーを使い合うことができたそうです。亡くなった祖母自身も、知人がよく枕元に現れるという体質でした。今まで考えていなかっただけで、そういう世界は常に私の身近にあったのだろうと思います。

この経験から、例え愛する人が亡くなったとしても、その存在を身近に感じることさえできれば、愛する人の死を受け入れて長い間心を痛めずに生きていけるということが分かりました。

もちろん、あの世があるということ、亡くなった人の魂が常に私たちのそばにあるということを受け入れていることが前提です。私も以前までは「信じている」という立場でしたが、今回のことで「実感する」「当たり前にある」という感覚に変わってきました。

愛する人の死を受け入れられずに苦しんでいる人、たくさんいると思います。いつかそういう人たちの力になれる日が来ればいいなと、心の中で密かに感じています。

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ゆうころ
ゆうころ
けっこんらぼの運営をしている、ゆうころです。 30代既婚で、二人のかわいい息子がいます。 元ウェディングプランナーとしての経験とわたし自身が結婚生活で学んだことから、結婚式にまつわるおすすめや裏話、これから結婚式を迎える人に知っておいてほしいことなどを発信しています。 詳しいプロフィール・サイトのコンセプトはプロフィールへ**